かつての西の雄姿たち
神戸のスポーツと聞いて、もしかしたら、ラグビーを思い浮かべる人も多いかもしれません。1990年代に、北の鉄人の異名を取る新日鉄釜石を引き継ぐように、神戸製鋼が、日本ラグビー界の中で、最強の道を歩んでいました。新日鉄釜石が、日本選手権7連覇を成し遂げ、それを抜くのは、神戸製鋼では、とラグビーファンの多くが思っていました。けれども、新日鉄釜石の記録に追い付きながらも、それを追い越すことはできませんでした。
最強時代の神戸製鋼の練習は、自主参加形を取り、体育会系と思われるラグビー界においては、変わった方式を取っていました。テレビで特集番組などが放送され、組織の人のあり方としても、多くの場所で、神戸製鋼の組織論が語られていました。けれども、21世紀以降は、カップ戦優勝できそうなところまで行きながらも、手にすることができませんでした。後年から見れば、神戸製鋼の力が衰えたのは、阪神淡路大震災の発生と重なります。神戸自体が大きな被害を受け、当時の所属選手も、地域復興に尽力しました。球場なども被害を受け、練習に支障がなかったとは言えないでしょう。しかし、日本の他のチームが手をこまねいている訳ではなく、神戸製鋼の戦術などを取り入れ、次第に実力を付けていったことは間違いありません。神戸製鋼のスタイルは、オープン戦術というもので、グラウンドを大きく使用します。
言ってしまえば、早稲田大学に似たスタイルであり、明治大学のような前へ前へ行くラグビーとは異なるでしょう。そうは言っても、ラグビー時代も、世界化を試み、近年は、ラグビーの世界選手権も注目されています。代表で選ばれた選手が、世界と戦い、実力の違いを肌で感じ、世界の潮流を所属チームに活かそうということは、実に当り前のことかもしれません。ちなみに、ラグビーは、サッカーのようにプロ化されていません。また、神戸製鋼は、現在チーム名を変更し、神戸製鋼コベルコスティーラーズとなっています。